小松政夫の生い立ち!伊東四朗とのコンビ(しらけ鳥音頭・電線音頭)は印象的

小松政夫さんが亡くなりました。

 

小松政夫さんは晩年は俳優として活動していましたが、若い頃は伊東四朗さんとのコンビでしらけ鳥音頭や電線音頭などコメディアンとしての姿も印象的でした。

 

植木等さんとは師弟関係だったのも印象に残っています。

 

この記事では、小松政夫さんの生い立ちを振り返ったあと、筆者の印象に残っている伊東四朗とのコンビでのしらけ鳥音頭や電線音頭などについても振り返ってみます。



小松政夫(小松の親分さん)の生い立ちとプロフィール

 

 

小松政夫さん生い立ちを振り返りますが、まずはプロディールから確認してみます。

 

小松政夫さんについて調べていると「小松の親分」を見かけますが、これは小松政夫さんのニックネームのようですね。

 

小松政夫のプロフィール

名前小松政夫(こまつまさお)
本名松崎雅臣(まつざき まさおみ)
生年月日1942年1月10日
出身地福岡県福岡市博多区
ニックネーム小松の親分
出身校福岡県立福岡高等学校定時制課程普通科
血液型A型
職業コメディアン 俳優 タレント 声優

 

小松政夫さんは福岡県福岡市博多区出身1942年1月10日に生まれているので2020年12月現在は78歳ということになります。

 

出身校は福岡県立福岡高等学校定時制課程普通科とありますので、昼間は働いて夜に学校に通われていたようですね。

 

俳優としてコメディアンとして、そしてタレントや声優としても活躍された小松政夫さんですが、残念ながら2020年12月7日に肝細胞がんで亡くなられました。

 

小松政夫の生い立ち

 

小松政夫さんは小松家の7人姉弟の5番目の男の子として生を受けます。

 

小松政夫さんの幼少期はお父さんが実業家だったこともあり裕福な家庭で過ごしたようですが、中学校に上がってからは貧しい生活を送るようになったとのことです。

 

その理由は、お父さんが病死したとのことです。

 

ただ、お父さんは地元でも名士といわれるほどの実業家だったのに貧しい生活になったのかが疑問です。

 

蓄えもあっただろうと思えますし、借金でもなければ裕福な暮らしからいきなり貧乏な生活になるとは考えにくです。

 

なにか深い理由があったのかもしれませんね。

 

小松政夫さんといえば、独特の雰囲気をもった役者さんです。

 

それでいて、コメディアンとしての小松政夫さんはノホホンとした間を持ってらっしゃいます。

 

小松政夫の明るさや笑いのセンスは貧しい生活をしてから身についたようです。

 

具体的にいうと、普段から露天商の口上をよく聞いていたとのことです。

 

確かに、露天商の方は話すのが上手で人をその気にさせる話術をもっていますからね。

 

小松政夫さんは、毎日のように露天商の口上を聞くうちに、知らず識らずの内に話しのテンポや間を覚えたのかもしれません。

 

小松政夫さんですが、高校を卒業後すぐに芸能界に入ったわけではないようです。

 

 

高校卒業後は菓子店で働いていたようです。

 

その後、俳優を志して上京し劇団の試験を受けるも合格とはなりません。

 

仕方なしに車のセールスマンとして働くことになります。

 

セールスマンとしての小松政夫さんは優秀で車を持っていない人に車を買わせたという逸話があるほどのセールストークを持っていたとのことです。

 

当時、セールスマンとしての初任給が1万円なのに対して小松政夫さんは12万円も稼ぐほどだったとのことです。

 

このセールストークは先程お伝えした露天商の口上から学んだものなんでしょうね。

 

そして、芸能界で成功する武器になったと思われます。

 

しかし、小松政夫さんはセールスマンとして働いていたときに運目を変えるものを目にすることになります。

 

それは、「植木等さんの付き人募集公募」です。

 

植木等さんといえば、「ハナ肇とクレージーキャッツ」のメンバーで大スターでした。

 

小松政夫さんは見事植木等さんの付き人に合格します。

 

しかし、あくまで付き人ですので弟子ではありません。ただの付き人であり運転手です。

 

でも、小松政夫さんにはセンスがあったんでしょうね。

 

クレイジーキャッツのメンバーが芸能界入りを進めてくれたとのことです。

 

小松政夫さんは、芸能界に入り、コメディアンとしてデビューすることになりますが、このデビューのきっかけもセールスマン時代のエピソードがきっかけというので、人間どこで何が武器になるかわからないですね。

 

小松政夫さんは植木等さんさんの付き人という立場で「シャボン玉ホリデー」のスタッフを談笑していた時にセールスマン時代のエピソードを話したところ、そのトークが面白いということで付き人だったに番組のなかで小松政夫さんのコーナーが作られたとのことです。

 

その後は、コメディアンとして頭角を現していきます。

 

小松の親分さんについて、筆者の印象に残っているのは伊東四朗さんのコンビですね。

 

小松政夫・伊東四朗とのコンビ(しらけ鳥音頭・電線音頭)は印象的

 

小松政夫さんのことを初めて知ったのは伊東四朗さんと一緒に出演していた「みごろ!食べごろ!笑いごろ!」です。

 

この番組はキャンディーズもレギュラー出演しており、しらけ鳥音頭電線音頭を披露していました。

 

「しーらけ鳥、飛んでゆーけ南の島に、みじめみじめ」

「電線にスズメが3羽止まってた」

 

いまでも覚えています。

 

ちょうど小学生だったので学校でもよく流行っていました。

 

小松の親分さんというニックネームも番組の中で生ましたね。

 

小松政夫は俳優としても数々の作品に出演

ここまで小松政夫さんについてはコメディアンとしてのご紹介が多くなりましたが、1965年の映画「大冒険」に出演して以降は数多くの映画やドラマに出演されていました。

幹細胞がんで闘病していたようでうが、亡くなるまで俳優としての仕事を続けらたことが出演作をみて感じられます。

おわりに

小松政夫さんが亡くなられたということで、小松政夫さんの生い立ちを振り返るとともに、筆者の印象に残っている「しらけ鳥音頭」「電線音頭」をしていた頃のことを振り返ってみました。

小松政夫さんのご冥福をお祈りします。