橋本聖子の夫は救世主!妻を救った石崎勝彦氏の言葉とは?

橋本聖子さんと夫である石崎勝彦さんは1998年に政治家と警察官として出会い結婚されています。

 

フィギュアスケート選手と自転車選手として冬だけでなく夏のオリンピックにも出場してメダリストである橋本聖子さん。

 

そんな橋本聖子さんは政治家として活動していく中で大きな悩みを抱えていくことになり、それを夫である石崎勝彦さんに救われたと語っています。

 

石崎勝彦さんは橋本聖子にどのような言葉を投げかけたのかについてお伝えします。

 



橋本聖子の夫は救世主!

 

橋本聖子さんはスピードスケートの第一人者として日本中の期待を受けて戦うアスリートでありながら、国会議員としての人生を歩んでいきますが、その道には橋本聖子さんにしかわからない悩みがあったそうです。

 

橋本聖子さんは、石崎勝彦さんと結婚することで、抱えていた悩みを解消し政治家として活動出来たと語っています。

 

橋本聖子の悩みとは?

 

橋本聖子さんが参議院議員となり政治家としての活動をスタートしたのは1996年のことです。

 

1996年といえばアトランタオリンピックが開催された年で、橋本聖子さんも自転車でアトランタオリンピックを目指す選手でしたが、その時は既に政治家としての人生をスタートしていました。

 

橋本聖子さんは日本のスピートスケートで歴代の誰もが成し得なかったオリンピックで初のメダリストとなっています。

 

現在の女子スピードスケートは橋本聖子さんなくして発展はなかったと言っても過言ではないはずです。

 

ただ、 身長156cmと体格に恵まれない橋本聖子の努力は並大抵のものではなかったようです。

 

実際、病気や怪我に悩まされていたとのことです。

 

病気や怪我をすると入院する機会が増えるからか、病院でさまざまな境遇の子どもたちと出会ったようで、自然と将来の夢として「福祉」が芽生えたようです。

 

ただ、橋本聖子さんのお父さんの若い頃の夢が政治家だったということも聞かされていたからか、政治家になることも橋本聖子さんの夢として持っていたようです。

 

そんな時に自民党から出馬要請が届いたとのこと。

 

でも、翌年はアトランタオリンピックがあります。

 

しかし、政治家の夢も・・・

 

結局、選手としてオリンピックを目指しながら政治家としてんの活動を並行して行う道を選びます。

 

そして、見事にアトランタオリンピックに出場。

 

本当は、シドニーオリンピックへの出場も考えていたとのことですが、次第に橋本聖子はある声に蝕まれてシドニーオリンピックを断念します。

 

橋本聖子さんを蝕んだ声とは「政界」と「スポーツ界」の言葉です。

 

政治家からすると政治家と選手の両方を行っている橋本聖子さんを疎ましく思い、スポーツ界も然りです。

 

気にしないと思っていても心は傷ついていったようです。

 

橋本聖子を救った石崎勝彦の言葉とは?

 

橋本聖子さんは1996年から2年間は精神的にかなり病んでいたそうで、うつ状態にあったと語っています。

 

選手時代から自分の信念を貫いてきた橋本聖子さんは、世間の声に負けたと感じていたことが積み重なったようです。

 

そんな中で夫となる石崎勝彦さんと出会い結婚します。

 

橋本聖子さんは石崎勝彦さんと結婚したとき「自分は政界に向いていないのではないか?」と悩み、家庭に入ることも視野に入れて石崎勝彦に相談したそうです。

 

石崎勝彦さんは、橋本聖子さんが政治家として福祉を志したこと、そして、橋本聖子さんの性格をよく理解した上で、「人が持っている性質は一生変わらない」のだから、「自分が力を発揮したいと思う場所で努力するほうが良い」とアドバイスをくれたようです。

 

それが政治家として「福祉」を志すということですね。

 

橋本聖子さんは石崎勝彦さんという最大の理解者を得て救われたとのことです。

 

まとめ

 

橋本聖子さんの手記の中で、夫である石崎勝彦に救われたというエピソードがありましたので、要点だけをつまんでまとめたものをご紹介しました。

 

勝手に橋本聖子に対して強いイメージを持っていましたが、人の声や視線は少しづつ心を蝕んでいくんですね。

 

橋本聖子さんにとって、石崎勝彦が本当に救世主に感じました。