浅香光代と野村沙知代のケンカにデヴィ夫人参戦!ミッチーサッチー騒動の一部始終!

女優の浅香光代さんの宿敵といえば、亡くなられた野村沙知代さんでした。

熟女同士のバトルは世間の注目を大きく集めましたね。

ミッチーサッチー騒動ともいわれ、ほかのたくさんの芸能人も巻き込むほどの大騒動にもなりました。

さらに騒動には、あのデヴィ夫人も参戦してきたといいます。

そもそも一体何が原因だったのでしょうか。

ミッチーサッチー騒動の一部始終を詳しくお伝えしたいと思います。

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浅香光代が野村沙知代とバトルしたミッチーサッチー騒動とは?

平成時代の芸能界の一大騒動といえば、1999年の浅香光代さんと野村佐知代さんとのミッチーサッチー騒動ですね。

どちらも個性が強く混ぜるな危険って感じですが、一体何があったのでしょうか。

もともと浅香光代さんと野村沙知代さんは、仲良しだったのです。

「先生」と「沙知代さん」と呼び合う仲でした。

浅香光代さんが野村沙知代さんと知り合ったのは、1997年のことでした。お互いの旦那同士が仲良かったのです。

旦那は、コメディアンの世志凡太さんと元野球監督の野村克也さんになりますね。

浅香光代さんは、野村沙知代さんを自身の舞台やけいこ場に招待をするようになりました。

一緒に食事や買い物に行く仲だったそうです。しかし、女同士の友情はハムより薄いといわれます。

一度こじれると収まらない典型でした

。1999年、野村沙知代さんが浅香光代さんの舞台に出演することになりました。

これが問題でした。

浅香光代さんは、女剣士女優として長いキャリアがあります。

舞台の稽古をサボる野村沙知代さんに激怒しました。それに対して、野村沙知代さんはバカ言ってんじゃないよと返したのがはじまりでした。

さらに、浅香光代さんは、あんな人はもう嫌。引っ叩いてやりたいと激白する事態となりました。

当初は、冗談かと思われましたが、いい歳をした当人同士、マジでケンカを繰り広げることになりました。

公共の電波を使い、熟女同士がお互いをののしり合う姿は、マスコミの恰好のネタとなりました。

連日、ワイドショーで取り上げられることになりました。

当時共に年齢70歳近かった女性2人が繰り広げた口舌鋒は、写真週刊誌や民放各局のワイドショーを中心とするマスメディアにとっての格好のネタとなったのです。

また、報道は野村沙知代さんに対するバッシングの様相を呈するようになったことから、単に「サッチー騒動」とも呼ばれていました。

第1波ラジオで浅香光代(ミッチー)さんが宣戦布告!

野村沙知代(サッチー)さんは、夫の野村克也氏がヤクルト監督をつとめていた頃から、タレントのような扱いでメディアに登場し始めました。

そして、騒動の発端は1999年3月31日。

剣劇女優で名をはせていた浅香光代(ミッチー)さんがラジオ番組で「あんな人はもうイヤ。ひっぱたいてやりたい」と野村沙知代(サッチー)さんへケンカを売ったことに端を発する。

「何が代議士よ。あいさつもろくにできないのに何考えてんだ。税金の無駄遣い。

笑わせるんじゃないってんだよ!」

「テレビの若い人や運転手を『バカヤロウ』と怒鳴りつけるなど弱い者いじめが過ぎる。

あんな女を番組に起用するから増長する」

 

などと野村沙知代(サッチー)さんの写真を破り捨てたのです。

浅香光代(ミッチー)さんが出演したラジ番組、「TBSラジオ大沢悠里のゆうゆうワイド」で、先制攻撃を開始したのです。

浅香光代(ミッチー)さんと野村沙知代(サッチー)さんは舞台で共演する等、友好な関係で知られていました。

そんな中、突然光代が沙知代への不満を爆発させた事も、驚きをもって取り上げられました。

舞台の共演時に、沙知代が稽古をサボった上に

「挨拶がしっかりしていない」

「横柄な振舞」等と批判されたそうで、そうした批判に対して

「馬鹿言ってんじゃないわよ!」

「一体何様のつもりだってぇの!?」と反論しました。

 

第2波 野村沙知代(サッチー)さんの逆襲!

 

光代の批判に、沙知代も黙っておらず、4月に入り大阪市内のホテルで行われた講演会で応戦します。

「どうせ売名行為でしょ」

「金持ち喧嘩せずよ」

とふてぶてしく、浅香光代さんを批判したのです。

また、浅香を皮肉を込め「女剣劇」と称しました。

それが騒動をより加熱させます。

光代は世志凡太(内縁の夫)をも騒動に引き込み、更に批判を続けました。

光代と事実婚の関係の世志凡太(せし ぼんた)

作詞や作曲を行う音楽家であり、俳優、コメディアンもこなすのです。

写真週刊誌や民放各局のワイドショーなどがこの騒動を取り上げ始めました。

これに乗じるかたちで各芸能人・著名人が沙知代に対してのバッシングを行うようになったのです。

渡部絵美さん(元フィギュアスケート選手。

1999年1月にハワイ滞在中に初対面の沙知代から息子のいる前で

「あんた、醜いわね」と言われたことをテレビで告白)や十勝花子さん、神田うのさん、デヴィ夫人。

美輪明宏さん(沙知代に舞台チケットを渡すも2回連続ドタキャンされ、絶縁したことを告白)。

落合信子さん(落合博満夫人。光代寄り・沙知代批判派の中において、騒動が長引くに連れ、当時の関連主要人物の1人としてテレビ番組にひっぱりだこでした。

アクの強いキャラクターの中で、主に正論を発する役割を担った)。

美川憲一さん、ミッキー安川さん(野村沙知代さんの夫である野村克也が監督を務めていたヤクルトスワローズが優勝した際、その優勝パーティーの司会を依頼されたものの、その後一切連絡のなかったことを暴露)

落合博満の奥様である落合信子さんもストレートな物言いが特徴の方で有名ですよね。

瀬川研一さん(「サッチーに中傷された」と民事訴訟を東京地方裁判所に起こした)。

塩月弥栄子さん(自身の著書で沙知代の実名は出さずとも「Y」というイニシャルを使って、かつて塩月の秘書を務めた沙知代が「印税の一部を自分の口座に振り替えた」などと記述)。

杉浦正胤さん、山東昭子さん、有田芳生さんなどの人物が沙知代に批判を浴びせては浅香光代さん寄りの発言をしていました。

 

一方、野村沙知代さんとと交友関係のある細木数子さん、神田川俊郎さん。

テリー伊藤さんなどは沙野村知代さんを擁護する側にいました。

その後も北島三郎さん、ビートたけしさん、田中眞紀子さん、団鬼六夫人、前田武彦さんなどの芸能人・著名人が続々とこの騒動に参戦したのでした。

野村沙知代の擁護派だった細木数子さん。

これは、強力な方が参戦しました!

 

第3波 番組スポンサー降板にまで発展!

日本テレビ系列『おしゃれカンケイ』では、野村沙知代さんがゲスト出演。

1999年7月4日放送分(出演交渉の段階で沙知代より騒動の真相は番組内で一切聞かないという条件を出していた)のみスポンサーの資生堂が「商品イメージにそぐわない」として降板しました。

番組は当時放送していた日本テレビのドラマの番宣や公共広告機構のCMが登場しました。

さらにスポンサーなしだったにも関らず、関東地区25.7%、関西地区22.5%の番組史上最高視聴率(関東・関西双方)といった視聴率を記録しました。

TBS系列『アッコにおまかせ!』では、1999年5月22日放送分に沙知代をゲスト出演させる予定でした。

ところが、出演を無断でドタキャン。

スタジオに最後まで現れずに和田アキ子さんをはじめとした関係者を悩ませました。

1999年6月10日放送のフジテレビ系列『とんねるずのみなさんのおかげでした』。

「新・食わず嫌い王決定戦」に野村沙知代さんが出演した際、初頭スポンサーの花王が沙知代出演の理由によってCMを自粛したのでした。

 

最終ラウンド 沙知代の学歴詐称と逮捕!

騒動の過熱化に伴い、沙知代のこれまでの問題発言や傲慢な態度が、事細かく報道されていく事となります。

沙知代自身がオーナーである少年野球チームでの言動や行動は問題視されました

(少年の背中に「バカ」と書いてその姿で走らせる、保護者に金品を強要する等)。

また、騒動の渦中である7月には、1996年に立候補した衆院選で公表していた学歴に対して「公職選挙法違反」(コロンビア大学留学とされていた。)があったと光代に告発されました(計7件、後に嫌疑不十分により全て不起訴)。

騒動の行方は、決定的な方向に向かいました。

野村沙知代さんの逮捕でした。

2001年12月、沙知代は脱税容疑で逮捕され(公判で起訴事実を全面的に認め、有罪判決)、直後に光代が会見を開きました。

そこで、「正義は勝つ」と勝利宣言をしたのでした。

この逮捕で沙知代を擁護する芸能人は皆無となり、世間的にも浅香光代さん側の勝利として騒動がおわったのでした。

 

デヴィ夫人による上品な沙知代批判!

渡部さんは「放し飼いで全国を走り回っていた噛む犬が、やっと保護されたわね」

十勝さんは「(先述の罵倒への返しとして)天罰が下ったのは貴方よ」

デヴィ夫人は「アル・カポネを思いだしますね。法の網を上手くすり抜けて逃げ回り、最後は脱税の罪で投獄されました。

まさに悪の権化です」とそれぞれ沙知代の逮捕を支持するコメントをしたのでした。

(ケニーも後の沙知代の有罪判決の際、これらは自著が母親を追い詰めた結果であるとして、「正義が勝った」との感想を述べている)。

しかし、浅香に対して「大阪に来たら殺す」「何様のつもりだ」などの物騒な電話が約20件寄せられたという。

後に沙知代の夫・克也も浅香に苦言を呈している。一方、克也自身も阪神タイガースの監督を続投することが決まっていたが沙知代の逮捕直後に監督を辞任した。

 

浅香光代さん・野村沙知代さんプロフィール

ここで、宿敵同士の浅香光代さんと野村沙知代さんのプロフィールを見てみたいと思います。

浅香光代(ミッチー)さん

本名:北岡昭子

1931年2月20日、東京都千代田区神田出身。

夫は、コメディアン・世志凡太。

 

若い頃は女剣劇などで活躍、その剣劇の中で観客に色気を出すシーンを作り「チラリズム」という語源を生み出した。

若い頃から舞台に立っていました!

 

野村沙知代(サッチー)さん

1932年(昭和7年)3月26日 – )は、日本のタレントであり、元プロ野球監督として知られる野村克也の妻である。

 

愛称は「サッチー」。これは『笑っていいとも!』でSMAPの中居正広と共演した際に中居から「サッチー」と名付けられたという。

出生名は伊東 芳枝(いとう よしえ)。所属事務所は株式会社エフエンタープライズ(東京・千駄ヶ谷)。血液型はB型。

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