平尾博司(博嗣)が窃取で西武ライオンズコーチを契約解除!現役時代の実績はどうだったの?

西武ライオンズは2020年11月1日に、平尾博司(博嗣)2軍打撃コーチとの契約を解除したと発表しました。

 

理由は、契約違反をしたということです。

 

西武は1日、平尾博司2軍打撃コーチについて、契約違反を確認したことから10月31日付けで契約解除したと発表した。平尾氏は阪神、西武でプレー後、13年から西武の球団職員。19年からファームのコーチに就任し、今季は2軍打撃コーチに就任していた。すでに球団ホームページからもプロフィールなどが削除されている。

引用先:https://www.daily.co.jp/baseball/2020/11/01/0013831558.shtml

突然の発表だったので驚きました。

 

しかも、契約違反とは。

 

球団によると、同コーチは選手2人の私物を窃取。その選手のうち1人から10月16日、私物がなくなったと球団に申し出があり、同日、球団が調査したところ、同コーチが窃取したことが判明。本人も事実関係を認めた。球団は自宅待機を命じ、同コーチは以後、グラウンドに姿を見せていなかった。

引用先:https://news.yahoo.co.jp/articles/f9c17ab896279f95939146dbb36f4453ac69fab9

報道によると、現役選手の私物を窃取したということです。

 

西武ライオンズと言えば、日本一を何度も経験している名門だけに残念な声もあがっていました。

 

この平尾博司(博嗣)元コーチは、野球ファンならかなり有名な方のようですが、実際に現役時代の実績はどのような感じだったのかわからなかったので調べてみました!

 

ぜひともご覧くださいね。

 

平尾博司(博嗣)元コーチの現役時代の実績は?

 

阪神タイガースで6年、西武ライオンズで12年、合計18年間の現役生活でした。

 

平尾博司(博嗣)元コーチの阪神タイガース時代の実績は?

 

平尾博司(博嗣)元コーチは、1995年にプロ2年目から出場機会を得て、活躍しています。

このときに初本塁打も記録しています。

 

1996年には準レギュラーとして二塁手をしていました。

成績としては、打率.240、本塁打3本、打点10でした。

平尾博司(博嗣)元コーチは、正選手ではなかったのですが、この成績は良い成績だったようですね。

 

1997年に吉田義男監督になってからは、ドラフト1位で入団した今岡誠選手に越されてしまったような形になり、平尾博司(博嗣)元コーチの出場機会が少なくなりました。

代打や守備固めで起用されることが主で、成績も伸び悩んだようです。

 

1999年に野村克也監督が就任してから、その一年はほとんど出場することができませんでした。

しかし、翌2000年に、今岡誠選手の不調もあり、開幕すぐから二塁手として起用され、活躍の機会を与えられました。

同年8月に故障離脱してしまい。そのまま復帰できなかったようです。

63試合出場、打率.238、本塁打2本、打点12と振るわなかったのでした。

 

2001年に、トレードで西武ライオンズへ移籍となったのでした。

 

西武ライオンズは、平尾博司(博嗣)元コーチの出身地地元であったので、期待されたようですが、阪神から離れることに涙を流したのでした。

本当に無念だったんですね。

 

平尾博司(博嗣)元コーチの西武ライオンズ時代の実績は?

 

平尾博司(博嗣)元コーチは、移籍後すぐ起用されましたが、守備の際に骨折するトラブルに見舞われ、1年以上をリハビリに費やすことになりました。

移籍したことでも苦しかったでしょうが、さらにケガとなると、本当に苦しんだんですね。

 

2002年には、現在の平尾博司に改名し、復帰した後は、打率.277を成績を残しました。

3割にはとどかなかったですが、かなりいい成績でしたね!

外国人選手とのレギュラー争いに勝ち、日本シリーズでも3試合に出場するまでになりました。

日本シリーズに出場するだけでもすごいなと思いますね。

 

2003年には、高木浩之選手とレギュラー争いを繰り広げ、内野の全ポジションと指名打者で活躍しました。

打順も3番から9番をこなすようになりました。

この年には、打率.285、本塁打7本と活躍しました。

 

2004年には、規定打席には届かなかったが、初の打率3割を残しました。

リーグ優勝に貢献するとともに、日本シリーズでも本塁打を放ち、日本一に貢献しました。

日本シリーズでも活躍するとは、本当にラッキーボーイだったんですね!

 

2005年には右ひじの故障をしたが、2006年には勝負強さを発揮し、左投手に対しての起用が増えたのでした。

 

2007年には、二軍では打率.387と活躍するも、一軍での出場機会に恵まれず。

二軍での活躍はすごくても一軍にあがれないとは、当時は中村選手が台頭していたようですね。

 

2008年では、代打や守備要因として一軍で活躍しました。

特に日本シリーズでは、またしても本塁打を放つなどの活躍を見せ、優秀選手賞を獲得したぐらいでした。

日本シリーズ優秀選手賞はすごいですね!

 

2009年には、目立った活躍はなかったのですが、2010年には代打で結果を出すなど、57試合に出場し、打率.330のキャリアで一番の成績を残すことができたのでした。

 

2011年には負傷し、2012年には引退しました。

 

まとめ

 

平尾博司(博嗣)元コーチの現役時代の実績をまとめてみました。

 

数字には出ていない、勝負強さがあり、記憶に残る選手だったようですね。

 

それだけに今回の契約解除は残念でなりませんね。

 

まだまだ活躍してほしいところではありますが、これからの動向を見守りたいと思います!

 

最期まで、ご覧いただき、誠にありがとうございました!