KKドラフト事件って何?桑田真澄の巨人コーチ復帰の背番号は?マット(Matt) 昔の画像と長男の事も!

元巨人軍のエースだった桑田真澄さんが、引退から15年ぶりに、

巨人軍のコーチとして就任されるようですね。

 

桑田真澄さんといえば、清原和博さんと『KKコンビ』呼ばれ、

甲子園でPL旋風を巻き起こしましたよね!

あの頃の甲子園での二人の活躍はすごかったですよね。

しかし、その後のドラフトKK事件は、爽やかだった二人の高校生を翻弄させる

大事件となりました。

そのドラフトKK事件とはなんだったのか?

思い出してみましょう!

コーチとしての背番号も現役と同じ「18番」なんでしょうか?

あと桑田真澄さんといえば、息子のマット(Matt)さんですよね。

あまりにも似ていないので、最初は驚きました。

マット(Matt)さん」にはお兄さんがいるみたいです。

つまり桑田真澄さんの長男ですね。

 



桑田真澄氏巨人軍のコーチ就任

 

桑田真澄さんが巨人の投手陣強化へ向けてコーチとして就任することが

決まったようです。

桑田真澄さんは、引退してからプロ野球のコーチとしての経験はないようですが、

豊富な知識と経験を伝えるという事です。

近日中に球団から発表されるという事です。

 

背番号も発表されましたね!

現役時代は「18番」だったのですが、コーチ就任後は「73番」になるようですね。

73番は、恩師藤田元司監督の背番号を継承したということです。

 

 

KKドラフト事件

 

桑田真澄さんは、甲子園で有名なPL学園のエースとして

1983年〜1985年、連続5連続甲子園出場、優勝2回、準優勝2回を

達成しました。

PL学園野球部時代は、チームの清原和博さんと『KKコンビ』と呼ばれ、

甲子園でPL旋風を巻き起こし、甲子園の人気者でしたね。

 

その後、桑田真澄さんは、卒業後の進路は早稲田大学への受験を表明し、

清原和博さんは高校卒業後、巨人軍入団を熱望していました。

しかし、ドラフト会議では、清原和博さんは巨人以外の6球団に1位指名され、

交渉権を得た西武ライオンズに入団する事となります。

 

一方、早稲田大学進学を表明していた桑田真澄さんは、誰もがプロ入りはないと

思っていたので巨人は。清原和博さんを1位指名すると思っていました。

 

結局、巨人だけが桑田真澄さんを指名することに成功、

桑田真澄さんも早稲田大学の入学試験を辞退し巨人に入団しました。

 

巨人からの指名を望んでいた清原和博さんの涙の会見が印象深かったですよね。

 

ドラフト後に桑田真澄と巨人との密約があったんじゃないかと噂されていましたが、

桑田真澄さんは、早稲田大学受験を辞退した後の記者会見では、

 

『自分の初志を貫徹したということです。巨人1位だったら入ると考えてたし、

それ以外だったら早稲田と決めていました。』

と答えました。

のちに、巨人が桑田真澄氏を一本釣りするために編み出した

ニセ受験シナリオだったことがわかり、最初から仕組まれた大芝居だったことが、

回顧暴露本「ドラフト50年の物語」(竹書房)よって明かされています。

桑田真澄プロフィール

 

桑田真澄(くわたますみ)

生年月日:1968年4月1日(52歳)

出身地:大阪府八尾市

出身校:P L学園高校

身長:174㎝

体重:80㎏

元プロ野球選手・野球解説者・野球評論家・野球指導者。

桑田真澄さんは、PL高校1年の時に夏の甲子に出場し、優勝しました。

その後、高校2年の春・夏は準優勝し、高校3年は4強、夏は優勝と甲子園5季連続出場を果たしました。

1985年ドラフト1位で巨人入りし、最優秀防御率2度、MVP,

最多奪三振、沢村賞など数々の賞を受賞しています。

巨人には21年間在籍し、背番号『18』を背負い、巨人のエースとして

活躍しました。

2006年に巨人を退団し、2007年にパオレーツにメジャーデビューも

2008年3月に現役を引退しました。

現在、PL学園硬式野球部OB会長

 

桑田真澄の次男(Matt)

 

芸名:マット(Matt)

本名:桑田将司(くわたまさし)

生年月日:1994年7月18日(26歳)

職業:モデル・ミュージシャン

身長:181㎝

体重:64㎏

 

桑田真澄の長男

 

名前:桑田真樹(くわたまさき)

生年月日:1992年8月10日(28歳)

出身校:桜美林高校・桜美林大学卒

身長:180㎝

体重:80㎏

血液型:B型

趣味・特技:ゴルフ

投打:右投げ左打ち

真樹さんは、小学4年生から野球を始め、桜美林大学でも野球部に所属し、

4年生で外野手としてレギュラーになりましたが、残念ながらドラフトでは、

どの球団からも指名されることはなっかったということです。

しかし、野球選手の夢は捨てきれず、その後BCチームの合同トライアウトに望み、

ドラフト会議で2位指名を受けたようです。

新潟アルビレックス・ベースボール・クラブに指名され、

2015年に晴れて野球選手となることになったようです。

2016年信濃グランセローズ、

2017年には滋賀ユナイテッドベースボールクラブに移籍しました。

ポジションは外野手、背番号は23番で活躍しました。

その後2018年のシーズンをもって退団されたようです。

BCリーグは年齢制限があるようですね。

その後は、どうされているのかは分かりません。

 

 

まとめ

桑田真澄さんがコーチの経験がないのは意外でしたね。

あれだけ活躍された人なのでコーチとして巨人軍の投手陣の指導も

期待できますよね。

桑田真澄さんといえば清原和博さんとのKKコンビですよね。

KKコンビといえば、KKドラフト事件です。

誰もが清原和博さんの涙の会見を思い出しますよね。

あの時は、桑田真澄さんが悪い印象でしたが、

桑田真澄さんも辛かったと思います。

結局、大人に振り回された二人の高校生だったんではないでしょうか。

巨人軍のコーチとしての桑田真澄さんを楽しみにしていたいと思います。