織田無道が死去!死因・病名は?どこのがんだった?カウンタックはいつまで所有?

霊能力者やタレントとして、90年代に多くのテレビ番組で活躍した織田無道さん

ガンで闘病中だったところ12月9日に死去されたという訃報が入ってきました。

ここ数年はがんの闘病を続け、68歳で亡くなったそうですね。

僧侶の身でしたが、破天荒なキャラで有名になり、スーパーカー「ランボルギーニ・カウンタック」を所有していたり、大金を使って飲み歩いた武勇伝なども有名です。

そんな、織田無道さんの死因は何だったのか?

がんで闘病中だったことは報道されていますが、病名は一体なんだったのか?

ランボルギーニ・カウンタックは一体いつまで所有していたのかなど調べていきます。



織田無道の死因・病名は?何のがん?

織田無道さんの死因・病名について調べていくと、末期がんだったとわかりました。

原発については大腸がんだったようです。

2018年6月初めてがんと診断されたそうですが、その時にはすでに余命1年と言われたそうです。

お医者さんからは、

『余命1年。それどころか今日、明日死んでも不思議はない』

と告知されたそうです。

それも直腸、大腸、胃、腎臓、肝臓、肺と転移が広がり、全身ががんだらけ。

肺は25カ所目の転移だったそうです。

この時のレントゲン写真では、肺はがん細胞で真っ白に写っていたそうです。

セカンドオピニオンで、がんと判明

織田無道さんは2018年3月頃、右ひざに痛みを感じ歩きにくさがあったため、かかりつけの病院で検査をしたそう。

その時は「がんではない」と診断されたものの、体調は悪化。

6月に大学病院でセカンドオピニオンを受けたところ、転移が広がった体調がんの診断を受け余命宣告をされたそう。

すでに転移が広がりすぎて、手術も抗がん剤も改善の手立てにはならず、数か月延命できるかどうかの状態だったそうです。

「がんではない」と診断されてからの「余命1年のがん」宣告はかなりのショックですよね。

織田無道はいつから闘病していた?

織田無道さんは2018年6月の末期がんの診断、余命宣告の後ずっと闘病生活を続けていました。

そのため、約2年半の闘病生活だったようです。

一般的な抗がん剤などでは効果がないと聞いた織田無道さんは、「それなら!」と覚悟をきめ抗がん剤の治療は拒否したそうです。

以来、がんに効くと聞けば、漢方、サプリ、ワクチン、免疫療法などあらゆる民間療法にチャレンジしていったそうです。

さらに自称・超能力者のセミナーにまで参加したそうです。

1本2万円のドリンクを毎日飲んでみたり、治療にあてた金額としては総額3000万円以上、使っていたそう。

結果的にはよさそうな薬に出会えてそれを内服することで落ち着いたそうです。

もともと、豪快なイメージのある織田無道さんですが、晩年もやはり豪快な方だったようですね!

生きる意欲があるというのは素晴らしいことです!

織田無道死去にSNSでは…?

織田無道さんが活躍していた時代にテレビでよく見ていた方からは特に悲しみの声が上がっていました。

https://twitter.com/0un33p0x725384m/status/1337245977879535618?s=20

 

愛車・カウンタックはいつまで所有していたの?

織田無道さんの名前を検索すると「ランボルギーニ」や「カウンタック」という単語が出てきます。

織田無道さんは無類のカーマニアで、「ランボルギーニ・カウンタック」ウォルター・ウルフ仕様を愛車として所持していたことは有名です。

「ウルフ・カウンタック」は3台しか生産されていない貴重な車種なんです。

そのうちの1台を織田無道さんが所有されていたんですね!

この車は映画「蘇る金狼」(松田優作主演)にも貸し出されたんです。

織田無道さんが大ファンだった風吹ジュンさんが出演されると聞いて、二つ返事で貸し出したそうです。

具体的にいつまで所有していたか不明ですが、がんの闘病で運転ができない状態であったの手放していたのではなかと推測されているようです。

まとめ

68歳という年齢で亡くなった織田無道さん。

死因や病名について調べていきましたが、2018年に転移が多発している、余命一年の大腸がんと診断されたことが原因のようでした。

2年半に及ぶ闘病生活では織田無道さんが信じる治療方法を模索していたようです。

愛車の「ランボルギーニ・カウンタック」は手放している可能性が高かったですが、織田無道さんのイメージの中には強く残っていますね。

織田無道さんのご冥福をお祈りいたします。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。